こんどの地元岩手でのライブでは「ケルトの島アイルランド」というフレーズを使っています。何故このフレーズを使ったかについては、いつか説明しておきたかったので、ここに書いておこうと思います。

ケルト民族という言葉が指すものは曖昧です。ハルシュタット文化、ラ・テーヌ文化という考古学上の「文化」、ギリシア・ローマから見た異民族としての「ケルト人」という概念、言語上の類似などが先立っているのですが、古代のケルト人たちは遺伝的な系統やアイデンティティの面から見れば統一されていたとは言いがたい。この辺の内容はコリン・レンフルーの『ことばの考古学』やノーマン・デイヴィスの『アイルズ』に詳しく載っています。これらの本は比較的手に入れやすいので、興味のある方は是非。

ローマの侵略を逃れたアイルランドは、キリスト教の伝導、ヴァイキングやグレートブリテン島からの侵略、移民を受けますが、土地に根付いた文化が力強く生き続けた土地でした。アイルランドが経験した数々の苦難を越え、それらを受け継いだ近代のアイルランド人は、ケルト人の末裔であるという意識を共有し、その文化を世界に向けて発信してきました。現在「ケルトの末裔」は、アイルランドのみならず、スコットランド、マン島、ウェールズ、イングランドの北部(ノーサンブリア)や南西部(コーンウォール)。フランスのブルターニュ、スペインのガリシア、アストゥリアス等ヨーロッパ各地に広がっています。「ケルト」はこれらの土地で地域文化発信の旗印になり、彼らのルーツへの誇りを象徴する言葉になりました。考古学的に「ケルト人」なんていなかった、と言うのはたやすいと思います。さらに「ケルト」という表現には「商業主義」や「イデオロギー」という批判がついて回ります。でも、今日「ケルト」の意味するものの豊かさを、私はあくまで尊重したいと思っているのです。

次に「島」という表現に関してです。現在アイルランド島には二つの国があります。連合王国の領土である北アイルランドと南のアイルランド共和国です。日本人である私は、アイルランドの統一を叫ぶ立場にないし、その様々な方法に加担する意志もありません。私は二つの国にまたがったケルト文化のファンである一方、アルスターのプロテスタントの人びと、その主張に対してとやかく言うつもりもありません。いままで英国政府やプロテスタント側の組織が行ったことのなかには、もちろん是認できないものがあります。しかし、カトリックのアイルランド人はカトリックのアイルランド人で「それなりのこと」をやってきましたし、大部分のプロテスタントとカトリックはおとなしくとばっちりを受けていたに相違ない。今世紀、このトラブルがようやく収束してきたことについて、私は両手を挙げて喜びたいと思っています。

以前ウィクローの郵便局で、私の前に並んでいた人が北アイルランド宛の手紙を出そうとしていました。窓口の職員が、「国外ですね?」と言ったのに対し、彼女が間髪入れず、苛立った調子で「国内です!」と言っていたのが印象に残っています。実際郵便の区分では国内扱いになるようでした。おそらく、北アイルランドの旅行者だったんじゃないかと思ってます。その声の調子に、北アイルランドのカトリックの心の中には間違いなく「ひとつの国」があるのだなと私は推測しました。そして、その国こそが私の憧れの対象である「アイルランド」に一番近いのではないかと思います。かといって、今更過去を蒸し返してアイルランド統一を叫ぶのには大反対なので、この心の中のアイルランドを「島」と呼ぶことを選びました。ただ正確にはアイルランドは多くの島からなるので、この言い方にも語弊があるかもしれませんね。

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