先日の文章を書いたあとで、若干補足したいことが出てきました。

なぜ「ケルトの島アイルランドの音楽」であって、「アイルランド島のケルト音楽」ではないのか、ということですね。後者だとなんだか苦し紛れに付けた論文のタイトルみたいで素っ気ないというのもありますが、それだけではありません。たしかに、ケルト文化再興の試みに敬意を払って「ケルトの島」としたのはいいのだけど、私たち日本の聴衆にとって、アイルランド音楽は果たして「ケルト音楽」なのか?という点には疑念があるのです。

たしかにアイルランドはケルト文化の息づく島です。でも、アイルランド音楽に使われる楽器のほとんどは古代ケルトの時代にはなかったものです。フィドルやパイプスは比較的歴史の古い楽器ですが、それでも中世まで遡れるのはハープくらいのものではないでしょうか。伝統曲ひとつひとつを見ても、技術的に新しい筈の機能和声に基づいた曲も少なくありません。アイルランド音楽は長い歴史を持っていますが、おそらく長い歴史の中で常に姿を変えてきたのだと思います。そんななかから、特に中世を彷彿とさせる古風な曲を選び出せばたしかに「ケルト音楽」的なものにはなるかもしれませんが……。

私は、音楽を愛するアイルランド人が、常に新しい外来の文化に敏感であったということの評価が必要だと考えています。これはやや抽象的な議論ですが、もうひとつ別の理由があります。アイルランドという国やその歴史を知らなくても、この音楽を楽しむことが出来る筈だという確信です。ヨーロッパの長閑な片田舎で演奏されていそうな、陽気で、素朴で、時に神妙な音楽。ケルト十字やラウンドタワーよりも、茅葺きのコテージや冗談好きな人びとを思い浮かべさせる音楽を演奏したいと思うのです。ケルトというルーツがアイルランドにとってとても大切なものだということと、同時にアイルランド音楽のなかでも普遍的で肩肘の張らない、足下の生活を慈しむ気分にさせてくれるような音楽をやりたいという気持ちの兼ね合いで、こんな表現に至ったのでした。

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