Kesh Jig はこんにちセッションで必ず耳にする曲だ。しかし、いつからポピュラーなのか、どの辺でポピュラーなのかよくわからないので、The Session.orgのディスカッションなどを見ながらルーツを辿ってみた。

1903年に発行されたChief Francis O’Neillの”O’Neill’s Music of Ireland”には見当たらず、代わりにThe Mountaineers’ Marchというジグが掲載されている。出だしこそKesh Jigに似ているが、Bパートはすっかり別の曲だ。

1917年、Patrick Fitzpatrick(イリアンパイプス)の演奏が”The Comedy Maid”というタイトルで、Edison Diamond Discという特殊な媒体で記録されているとのこと。同じプレイヤーによる1919年のSPレコードを聴くと、Fitzpatrickの演奏は、キーがAメジャーで、Bパートの2回目に特徴的なアレンジが入るが、Kesh Jigにかなり近い形のものとなる。

1927年、Michael Coleman(フィドル)はPaddy Finlay(ピッコロ)、Ed Geoghean(ピアノ)とともに、”Kerrigan’s Fancy”というタイトルでこの曲を録音している。これもキーはAメジャー。また、Bパートの出だしのcAA eAAというところも前述の”The Comedy Maid”と同じだが、2回目はシンプルな繰り返しになっている。

タイトルに登場するKerriganとは、アメリカで活躍したThomas F. Kerrigan(1843-1898)というイリアンパイプス奏者のこと。しかし、Colemanが渡米したのは1914年なので、この時は既にKerriganが亡くなってかなり経っていた。一方、Fitzpatrickは1860年生まれで1881年に渡米しているので、Kerrigan本人とも交流があったかもしれない。

The Comedy Maid (Kerrigan’s Fancy)は少なくとも20世紀前葉には演奏されていて、もしThomas Kerrigan本人にまつわる曲だとしたら、もっと古く19世紀から伝わっていたはず。何故Kerriganとも交流があったO’Neillが、この曲を収録しなかったのかはよくわからないが、スタンダードとして認識されるほどポピュラーではなかったのかもしれない。

ずっと下って1975年、この曲はアイルランド・スコットランド混成バンドのThe Boys of the LoughのLive at Passimというアルバムに”Kincora Jig”というタイトルで収録される。また、同年結成されたThe Bothy Bandのファーストアルバムの冒頭に”The Kesh Jig”が取り上げられた。おそらくこれらがきっかけで、世界的に最も有名なチューンのひとつになったのだろう。これはどちらもGメジャー。Bパートの冒頭はB3 dBdという形に変わっている。

ちなみに、Kincoraという地名はクレアにあり、Keshという地名は北アイルランドのファーマナにある。The Boys of the LoughのフルーターであるCathal McConnellはファーマナの出身だけど、その彼が関わったLive at Passimでこの曲をKeshとして収録していないのがまた複雑というか。ネット上のソースによっては、ファーマナのKeshではなくスライゴーのKeashだという話もあるが、それにしては、スライゴーのミュージシャンがKeshを取り上げる頻度があまり高くない気がする。

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