界隈の人たちの中では特に勉強家ではないけど、せっかくなので何か情報を発信したいなと思わなくもない。でも、つい二の足を踏んでしまうのは、これ以上マニアだと思われてもうまくないんじゃないか、なんてつい考えてしまうからだ。世の中には、めちゃくちゃマイナーなことを思いきりマニアックに究めていながら、そんな題材ですら身近に感じてしまうようなキャラクターの持ち主がたくさんいる。いずれはそんな風になってみたいものだけど、足りていないのはパッションだろうか、ユーモアだろうか。

 自分自身も、多くの同類も、あるときは美しいアイルランドのユニークな文化という看板を掲げ、あるときは人と人とのつながりを大切にする素敵な音楽と形容してみたりして、なんとか興味を持ってもらえないかと模索しているけれど、その手の表現はおそらく本心を表してはいないと思う。実は、アイリッシュは聴けばたちまち虜になる最高の音楽だと思っていて、世の中がこぞってアイリッシュに熱狂しないのは不可解と感じている人がほとんどではないだろうか。滅多にそういう表現を聞かないのは、皆さんが大人だからだ。

 よく歴史や理念を語っているのは、べつに理屈で音楽を楽しんでいるからじゃないんだ。もし「これいいよね!」と言うと「いいよね!」って返してくれるような仲間に囲まれていたなら、いつも「いいよね!」しか言わなくなると思う。でも実際には、「うーん」とか「これはどういうものなの?」とか、そんな類の反応に迎えられることが多いものだから、「これはリールというスコットランド由来のダンスのリズムだよ」とか、「戦間期に移民先のアメリカで活躍したミュージシャンがポピュラーにした曲なんだ」とか、そう返さざるを得ない。しかしながら、こういう受け答えが、アイリッシュ愛好家の本来の姿を正しく世間に伝えているかというとかなり疑問だ。

 どうもこの音楽は、エスニシティや世代を問わず一定の割合の人間に対しては、一瞬にして深く訴えかけるなにかを持っているらしいのだけど、そのほかの人たちにはそれほどピンとこないものみたいだ。その壁をなんとかして理論や技術もしくは情熱で打ち破りたいという気持ちが沸き起こる時もある。しかし、これからのアイリッシュとの長い付き合いを考えると、それよりも音楽が生活の中にあること、人間性の中にあることを大事にしていきたい。もともとは伝統音楽なのだから、本場に行けばそんなことは明白なのかもしれないが、世間の目には、「アイリッシュをやる日本人」が、とりわけ知的好奇心が旺盛なタイプの人間、端的に言えばマニア、物好きと映っていて、どちらかと言えば浮世離れした印象を与えているに違いない。

 とはいえ元来が怪しいものなので、滲み出る怪しさは隠しきれない。それならば、平凡な日常の中にこっそり紛れて、ある一瞬を少しだけ面白くする臆病な妖怪のごとくありたいと思う。自分の世界を展開してたくさんの人を巻き込みたいというのとは、ちょっと違うのかな。

 (写真は新潟県の青木酒造さんが出している純米酒「雪男」。ラベルのイラストは「北越雪譜」に登場し「異獣」と呼ばれた生き物のシルエットだとか。)

 

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