思い返すと2021年は自分の演奏をよく録音し、聴き返すようになった。以前よりは演奏に自信がついてきたせいだろうか。遡ってみれば、私の楽器への取り組みかたは2018年あたりで転換している。この頃はセッションや人前での演奏が減った時期でもあり、意外なきっかけで新しい友人を得た時期でもあった。

それまでは、どうしても「これはリスナーに受け入れられるだろうか」とか「ほかのプレイヤーと一緒に演奏できるだろうか」という考えから、レパートリーやスタイルを決めてしまいがちだったが、この頃から次第に「ほんとにやりたい演奏はなにか」と考えるようになり、2019年あたりから意識して古めの音源を集め始めた。それらを聴きながら2020年の冬には練習用の曲集を作り、一旦形になるとこれに取り組み始めた。この曲集はまだ全然消化できていないのだけど、現在のところ練習の指針として役立っているように思う。

ところで、楽器を日常的に触らない人からすると、こういうマイペースに楽器をやっている人間は、持ち合わせた多少の才能やセンスを活かして道楽に耽っているというふうに見えるんだろうなと思う。時々「楽器ができてすごいな」と言われることは気恥ずかしいけどありがたい。でも、本音では「できる」とは思っていないしそう思われたくもないのかもしれない。自分自身にとっては、真面目とは言い難いまでも、取り組み続けていることのほうがずっと大事だからだ。

行き詰まったときのもどかしさ、目指していたものが形になったときの晴れ晴れした気持ちを共有できるのは、同じプレイヤーこそじゃないだろうか。長年楽器を続けていれば、そのうち後に続く人たちに「こんなふうにやれば上手く吹けるよ」とか、少なくとも「楽器を演奏するのは楽しいよ」などと伝えるべき立場になるだろうなんて思っていたが、今のところ見込みが外れている。今でも時々どうやればいいのかわからなくなるし、まったく楽しくなくなるときがある。

それよりも、人間が自由な意志で物事に取り組み続けること自体が尊いんだ、それを讃え合うことができるのは同じプレイヤーだけなんだと感じるようになった。やがてまた、界隈の同志たちに気軽に会いに行けるようになったら、率直にこの賞賛の気持ちを伝えられるようでありたいと思う。それが伝わったのを見てとったとき、これまで「会わない時間」を正しく使ってきたことがはっきりと示されるんじゃないかと考えている。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中